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HUGはイタリア仕込み?!

こんばんは!本日の担当は秋山です。
1月も折り返し点を過ぎまして、なんと明日でゼミも最終回!!寂しいです。。。

先日山森さんの誕生日に遂に卒論提出日を迎えてしまったわけですが私の卒論、恥ずかしながらまだまだ未完成にもほどがある状態であります…
これから月末の卒論発表会にむけて死ぬ気で仕上げなくてはなりません…!
内容としましては、「スタジオジブリ作品が描く日本の学園物語 -自分の時間を生きるヒロインたち-」というタイトルで、ジブリの『耳をすませば』『コクリコ坂から』を主に分析し、ヒロインたちが自立し自分の時間を生きるためにどう成長していくのかについて論じています。
ちなみに、前回の卒論日記はコチラになります。

今回は本論でとりあげた作品全てに共通するテーマ、思春期の少年少女の「憧れ」と「現実」について、分析して見えてきたことをお話したいと思います。

まず『耳をすませば』『コクリコ坂から』については、ファンタジー色が薄い作品である点に注目してとりあげたわけですが、ファンタジー要素に変わる魅力として、ミステリアスだったり、ロマンチックな演出があります。例えば『耳をすませば』のエンディングは。。。たまりませんよね(笑)
絵コンテをみると、あの聖司くんの粋なHUGはイタリアで修行してきたんだとか、、、(笑)
これらは主に原作少女漫画が描いた思春期の学生たちの「憧れ」を形にしたものです。しかし、両作品ともラブストーリーではなくヒロイン達が現実と向き合い強く生きる姿を重点的に描いています。

これら2作品の比較対象としてとりあげたファンタジー色の強いジブリ作品、『魔女の宅急便』『ハウルの動く城』の舞台では魔法が生きています。しかし、作品中のヒロインたちは魔法をいわゆるファンタジー要素と捉えていません。少なくとも、私たちが魔法と聞いて思い描くイメージの様に、キラキラとした「憧れの対象」ではないのです。キキであれば、血筋により生まれながらに持ち得た一つの特技、ソフィーであれば、魔法使いという限られた人に与えられる自分とは無縁な術くらいにしか思っていないわけです。制作側の意図を分析、調査した結果ファンタジー作品でありながら、ヒロインを通じて観客に伝えたいのはファンタジー要素の魅力ではない。もっと現実的な、キャラクター個々の心情描写であることがわかってきました。

ここまでのジブリ4作品の共通点をざっくりまとめると、各作品のヒロインそれぞれが、心の振れ幅と向き合うことが、自分の時間を生きるために欠かせないと伝えているということだと思います。というか、私が繰り返し使っている「自分の時間を生きる」というキーワードは、なかなか定義できずにいたのですがつまりは、「心の振れ幅と向き合う」ことを意味しているのです。本論ではジブリ作品との比較ということで『時をかける少女』についても述べているのですが、この作品にも共通して言えることだと思います。

どの作品も、作品中で描かれた期間というのはさほど長いものではありません。ヒロインにとって今まで生きてきた中で一番ココロ揺さぶられたであろう短くも濃密な日々が描かれています。感性が研ぎすまされた思春期の少年少女たちが、現実を前に一喜一憂する姿を事細かに映像化すること。憧れではなくあえて現実を描き、観客にキャラクターたちのその時々の気持ちに共感してもらうことを目指した作品であることが分析の結果見えてきました。

今回卒論を書く上で一番悩んだのが「どうすれば論になるんだ!!」ということです。
次第に単なるエッセイ、感想文、批評文と化していく自分の文章を読み直しては「なんでこうなる、、、」と嘆いていました。好きな作品だからこそ、客観的視点で分析する前に自分の思いが先走ってしまって。。。(笑)
同じ章を何度も何度も書き直すうちに時間だけが過ぎていって、だいぶ焦りながらの執筆活動になってしまいました。
ここからは時間も限られていますが、最後までやれるだけのことをやりきって、読んでくださる方に面白いと思ってもらえる内容にしていきたいです!!!

次回の担当は渡辺さんです! お楽しみにー
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2015/01/20 | 卒論日記 | コメント(-) | トラックバック(0) | page top↑
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